IT先進企業直撃レポート

Case 5

地元を巻き込み地域活性。
築90年の空き家を活用してワクワクを発信

エヌアセット

「地域に密着して貢献したい」「人や地域をつなぎたい」「情報を発信したい」「従来の賃貸管理業務にとどまらず新しい価値を生む新規事業に取り組みたい」。とかく守りに回りがちな賃貸管理業、これらは会社の規模を問わず共通した課題ではないでしょうか。創業10年で、社員数4倍、売上げと管理戸数を3倍にしながら、社員主導で保育園やシェアオフィスなど次々に新規事業を立ち上げているエヌアセット。研修委員会の塩見委員長自らが、MINAHAREでの日管協会員向けのナレッジ公開のため直撃取材して、2回に分けてその秘訣や工夫点をご紹介します。


インタビュー/日管協研修委員会委員長 塩見紀昭

取材・文/日管協研修委員会 長井純子

取材日時/2018年7月24日

築90年の空き家を地域のHUBとなる多目的シェアオフィスとして活用

宮川恒雄社長の案内で溝の口駅から徒歩2分、築90年の空き家を活用したnokuticaへ
塩見
Case4より続く)エヌアセットさんの新規事業事例、今度はシェアオフィスを見学させてもらいます。これはどのような経緯でオープンしたのですか?
宮川社長
このnokutica(ノクチカ)は、空き家を地域に開かれたシェアオフィスとして活用した例で、溝の口の愛称「ノクチ」にちなんで命名されました。プロジェクトは人の縁から生まれたものです。地元の若い世代のオーナーさんで街の活性化のために積極的に活動をしている魅力的な方々がいて、いつかこのキーマンたちと一緒に仕事をしてみたいと思っていました。オーナーさんと賃貸管理会社、立場は違うけれど、地域を元気にしたいという思いは同じだったので、きっと面白いことができるだろうな、と。
塩見
立場が違えど目的は同じ、本来あるべき姿ですね。この物件は、オーナーさんから活用の相談があったのですか?
山下部長
この物件は、お付き合いのある別のオーナーさん所有の当時築89年の空き家でした。溝の口駅から徒歩二分、かつては街の診療所兼住宅としても活躍した建物ですが、ここ十数年位空き家になっていました。折を見て建て替えなど活用提案をしていましたが「相続のタイミングを考えると、いまは触らずそのままにする」という結論がでたため、「それならば固定資産税がもったいないので貸していただけませんか」と提案しました。
旧い建物構造を生かしてリノベーションされた室内共用ラウンジで宮川社長と賃貸事業部の山下直毅部長と
塩見
そういうヒアリングや提案ができるところが、頼もしいなぁ。そこでこの物件をきっかけに地域のキーマンたちを巻き込んだわけですね。
宮川社長
はい、この空き家の話をしたところ、溝の口の象徴ともいえる商店街にも近い立地だけに地域活性のHUBとなる場として面白いと盛り上がって。具体的な活用方法を検討するため、地域の価値向上に取り組む2名のオーナーさんと共同出資で会社設立となりました。この空き家のオーナーさんも、地元を盛り上げている共同出資者のオーナーさんも、私たちの会社にとってはお客様ではあるのですが、この空き家プロジェクトがきっかけで一緒に街をもりあげるパートナーになることができました。
塩見
オーナーさんは「お客様」ではなく、目的が同じ「パートナー」である。この違いは重要で、本来あるべき姿です。その関係性が成立しているのが素晴らしいですね。
山下部長
建物の資産価値、オーナーの意志や相続対策、地域価値向上などの観点から様々プランを検討し、消防法や建築基準法、保健所など多方面と相談の結果、シェアオフィスやレンタルスペースにコーヒースタンドのある複合施設として再生しました。
1階の共用スペース(上)と2階のレンタルオフィス(下)。昔ながらの梁や建具などで落ち着きのある雰囲気に
塩見
建物そのものも造りがいいし、それを活かしたリノベーションで実に落ち着くいい空間に仕上がっていますね。新しく作ろうと思っても、こんな建物にはならない。リフォーム費用もかなりかかったと思いますが、皆でだしたのですか?
山下部長
はい、リフォームについては共同出資の会社で内容検討し、支払いました。具体的な内訳は約75%が弊社、残りを2名のオーナーさんで折半です。
宮川社長
正直予算オーバーだったのですが、やるならワクワクするものをつくりたくて。ふつうの賃貸ではシビアに収益計算しますが、ここは人が集まる場所としてワクワクするラインまで投資しました。人の縁にも恵まれました。共同出資したオーナーさん二人は、一緒に仕事をしてみて発想力も情報発信力も刺激になることばかりで、会社を作った大きな成果だと思っています。さらに地域活性に熱心な人材を採用することで、地域密着や発信力は加速しました。以前四国の学生による地域活性イベントを見学し、四国でこんなに盛り上がるなら自分たちも地元のためにもっと頑張らなくてはと刺激を受けていたところ、ある日一人の学生が「私は街の価値を高める仕事がしたい、御社の地域活性の取り組みは?」と連絡してきて。それをキッカケに入社したのが、現在ワクワク広報室を担当している松田です。
塩見
エヌアセットさん、人材豊富だなぁ。松田さんは現在どんなお仕事を?
ワクワク広報室 松田
ワクワク広報室、兼、ここnokutica管理人をしています。ワクワク広報室というのは、会社と街の広報を兼ねていて、溝の口のワクワクするような魅力を発信しています。ここnokuticaもワクワク発信の場で、オープンから半年でコアワーキングスペースの契約者43名、一階のコーヒースタンドは地域の方々にも人気。元々ベッドタウンと認識されていた溝の口に「暮らす街で働く、表現する人に貢献する」拠点ができ、地域と接点を持っている自分が管理人として関わって場と人をつないでいます。
溝の口での野菜市など地域密着のイベント事例について熱く語るワクワク広報室の松田志暢さん
塩見
まさにこの場が街のコミュニケーションのHUBとなって、地元で働く方々のネットワーキングにも役立つ場になっているわけですね。更に建て替えには抵抗のあるオーナーさんへの空き家活用のいい事例だと思います。
一階のオープンな共用スペースでは、先日も60名集まる大イベントも実施された
ワクワク広報室 松田
この建物内で12の新規プロジェクトが生まれるなど、ここで働く人たちにも新しい変化が生まれています。またこちらを見学して、空き家活用の相談なども含めて不動産に関わる相談案件は現在38件入っています。
塩見
ここがモデルハウスやショールームみたいな役割御果たすわけですね。これを見れば相談したくなるのもわかります。

キーマンは巻き込み、チームとして目的に向かって一緒に動く

宮川社長
今回のプロジェクトのキーワードは「巻き込む」でしょうか。地域活性に取り組むワクワク広報室をプロジェクト担当として採用し、地元の発信力のあるキーマンと会社を設立、空き家のオーナーさんにも協力してもらいながら、このnokuticaという場ができて。さらにこの建物に魅力を感じる人たちがテナントとして集まって、その人たちも巻き込んで口コミで紹介が広がって。様々な人たちの思いも含めて出来上がったのがこの場だと思います。
塩見
「巻き込む」、見習いたいスタンスです。テナントさんも含めて、実際に関わった方々が愛着を持ってくれたから、口コミが広がるのでしょう。築90年の魅力的なシェアオフィス、というハード面でなく、ソフト面も重要ですね。運営の工夫などを具体的に教えて下さい。
ワクワク広報室 松田
私は「キーマンは誰か」を常に意識して、チームをつくっていくようにしています。出資者やオーナーさんだけでなく、テナントの方々、インテリア監修の方など、場面によって様々です。インテリア監修のお仕事で関わっていただいたデザイナーさんが、「自分のオフィスとしても借りたい、友人に珈琲屋として開業したい女性がいる」などと、巻き込んだ結果縁が繋がるいい流れがあったと思います。
塩見
確かに、お客様と不動産会社が相対する感じになりがちで、うまく巻き込めていないケースが多い。他社で、どうしても決まらない学生街の古い物件があったので、建築学科の学生に預けたところ卒業作品として頑張って改装したので本人も愛着が湧いてそこに住み、結果満室という事例がありました。住む人まで巻き込んで、愛着が湧くようにする仕掛けも大切ですね。
ワクワク広報室 松田
今の取り組んでいるのはオフィス敷地内の庭です。OPEN当初は予算がなく草抜きなどの庭の清掃にまで手が回りませんでした。そこでお金の報酬ではなく、庭仕事後の手作りのカレーとビールを提供しながら交流するという形で月一回のイベントにしています。そうするとフリースペースの縁側で仕事する人が増えたので、関わることによって庭にも愛着が生じたのかなと思いました。
宮川社長
ITの時代ですが、そんななかでリアルな共感をどこで演出するかは大事だと思います。
ワクワク広報室 松田
1階入り口にあるコーヒースタンドはインテリアデザイナーさんと相談して、コミュニケーションが生まれる場としてコーヒースタンドを作ろうと盛り上がって提案したものです。そうしたら学生時代からコーヒーのお店をもつのが夢だったという方を紹介され、すぐに大企業を脱サラしてオーナーに。コーヒーは大好評で建物内だけでなく街の名物にもなるという、まさにとんとん拍子でご縁が奇跡のように繋がりました。また、今食べて頂いているおはぎは溝の口の魅力の一つで、83歳のおばあちゃんが起業したおはぎ専門店のものです。80歳で長野から進出してきて溝の口でのお部屋探しをお手伝いしたのですが、高齢ながら事業意欲も高く元気で素敵なおばあちゃんなので、オーナーさんにも入居歓迎して頂きました。おはぎはとても美味しいし、買いに行くとつい長話になります。こういう溝の口のワクワクを発見して、お店マップなどにして情報発信して応援しています。これは街の広報としての側面ですね。
管理物件入居者のひとりである、83歳のおばあちゃんのおはぎ。溝の口の手土産としてもよく利用しているとか

人と地域をワクワクさせる環境づくりがイノベーションを生む

塩見
ところで地域密着で10年ということですが、そもそも宮川社長が生まれ育った場所でもないし、いわば余所者(よそもの)ですよね。地域への入り方が難しく悩んでいる会社も多いので、地域密着がうまくいく実践方法を教えて下さい。
宮川社長
地域密着がうまくいっている、というより、うまくいくようまだまだ努力中の段階です。私自身はそもそも関西生まれで地縁があるわけでもなく、大手やフランチャイズの看板もないところからの創業なので、地場の会社が生き残るためには地域密着で、まずは会社のある地域の価値を上げなければならないと考えました。元々、日本全国の地域を元気にしたいという思いがあって、それぞれが住んでいる場所を元気にしていけば、日本全体が元気になるはず。「溝の口だから」というスタートではありませんが、足元の地域を元気にできなくては日本を元気にできない。地域密着のためにはもっとその土地を知ろうと思い、子育てで一時離れていたのですが3年前から住んでみて、また改めて溝の口の魅力を実感しています。人情味もあるし便利で情報も人もすぐにつながる一方で、車でちょっと走れば自然豊か。様々な側面を持っている街なので、楽しみ方も多様です。都会と田舎が同居しているようなバランスのとれた街ですね。
会社の制度として、高津区・宮前区に引っ越してくる場合、引っ越し代の補助があります。私ももちろん住んで、生活者としての情報を発信しています。
塩見
地域貢献のイベントなどもいろいろやっているようですね。
ワクワク広報室 松田
本社前の駐車場での野菜市、地元の少年野球の後援、「〇〇ノクチ」というキーワードを変えて行うイベント、梶が谷エリアの活性化イベント、クラフトビールを屋上で飲むイベント、映画の上映など、エヌアセット主催のものだけでなく相談を受けて協力したもの、様々なかたちで関わっています。「ふらっと溝の口」というFacebookグループでは、飲み屋街のセンベロ(千円でベロベロ)の夜のイメージだけでなく昼間に子連れの女性も楽しんでもらえるようなセンブラ(千円でブラブラ)企画など、様々な魅力を発信しています。
塩見
そういう相談がくるのは、地元から期待されている表れでしょうね。たとえば野菜市はどのような経緯で実現したのですか?
宮川社長
「オーナーさんは農業の方が多いので、農業関連のイベントを」と役職会議でテーマを決めて募集したり、アイデアを考えるだけでなく形にすることに特化したり。野菜市の案もそんなプロジェクトから生まれました。最初は農家から入居者に宅配で、という案でしたが配送に手間暇がかかるので、定期的に本社前で販売して入居者に限らず地域の方々にも買いに来て頂くことにしました。言い値で買い取るため農家さんは楽だし、美味しく新鮮な野菜が手に入るので地域住民の方々にも喜ばれています。
ワクワク広報室 松田
野菜市は本社前の駐車場で半年に一回、いままで8回開催して定着してきています。「来週もやるの?」と聞かれ「本業は不動産屋なので」と答えるとびっくりされますよ(笑)。毎回新しいをやっているので、思わぬ許可が必要で慌てて飛び回ったり、成功ばかりではなく時には失敗したり…。
塩見
結果が出なくても「なにしてるんだ」と怒らない、チャレンジしたときの失敗を許容するスタンスが会社にあるのですね。宮川社長の親分肌と人望がつくりだす社風なのでしょうが、これがないとイノベーションは生まれません。このような新しいチャレンジが、今後過疎化する地域や商店街での活性化事例になるといいですね。

オーナーやテナントなど地元の多くの人を巻き込み、皆でワクワクする場づくり

塩見
ところで、ワクワクという言葉が良く出てきますが、これにはどういう意味や思いがあるのですか?
宮川社長
「人のワクワクを大切にする」というのは、5年ほど前に全社員で決めた会社の経営方針です。グループ別に検討して候補案を出し、最後に全員が投票したところ一番得票数が多かったものがこれでした。そこで、ボーナス査定の行動評価の項目に「ワクワクを発信しているか」という項目があるくらい、社内ではワクワクを大切にしています。評価方法が不明確だとかいろいろ言われますが、意志を持って査定項目に入れて全社員に意識してもらっています。
ワクワク広報室 松田
後ろ向きな発言があると、「ワクワクしているか」と突っ込みをいれられたり(笑)。ワクワクと同じくらい、「何をやりたい?」「自分はどうしたい?」と常に問われます。業務内外関わらず、社内でこの会話が良く交わされていますね。
塩見
取材していていると、社員のみなさんやらされ感が全くなく「新しいことを考えよう」「横断プロジェクトに参加しよう」と自分から動いている感じがします。これは、この問いかけが生む自主性なのですね。
宮川社長
「I want」「I think」を大切にして、ワクワクしてほしいと思っています。
ワクワク広報室 松田
そんなこともあり、担当業務はもちろん、業務以外の横断プロジェクトも多いのでしょうね。今年の創業10周年イベントも広報など一部の部署で動くのではなく、建物管理の仕事をしている女子社員が記念品を選定するなど横断プロジェクトで動いています。
宮川社長
そういう部署を超えた横断的な動きが意見を言いやすい風土を創り出しているのかもしれませんね。創業10周年も社員にお任せで、むしろ自分は楽しみにしている立場です。
塩見
いい社員、いいオーナーさんに恵まれていますが、人の縁を引き寄せるのは宮川社長の魅力だと思います。渡曽から見ても、一緒に仕事をしたくなる人。宮川社長の今後の目標は何ですか?
宮川社長
個人としては、会社という箱を使って2100年に30万人の雇用を生み出したいという裏目標を掲げています。雇用を生めばそれに対応してサービスをたくさんするので、喜んでいただけるお客様が増える。だから雇用を生むことが自分の人生の目標です。会社としては、地域を巻き込んで街が盛り上がる地域活性のモデルをしっかりつくって、自発的に他エリアでも使ってもらえるようになって、日本が元気になると嬉しいです。そのためにも、足元の溝の口を頑張ります。賃貸管理業としては、不動産業というよりサービス業というのかな、ちょっとおしゃれで働きたいと憧れを持って見てもらえるような業界にしていきたいですね。そのためにも、我々がワクワクしないといけないし、成功しないといけないし、カッコよくなければならない。頑張ります!
塩見
賃貸管理業をカッコいい憧れの職業に、全く同感です。やりましょう!本日はありがとうございました。
改装されたお洒落な本店で宮川社長と塩見委員長。取材協力ありがとうございました!

まとめ:人と地域を活性化するポイント

自ら「ワクワク」できる環境ときっかけをつくる

いま伸びている会社は、現場がワクワクして働いているというのが共通項。ワクワクできる風土を作ることで、新しいアイデアが生まれ、会社も成長する。

「I want」「I think」を常に問い、自ら考えさせ、それを尊重する

自ら考え動くことが、やらされ感なく働くことのポイント。常に「自分はどうしたいか」を考え、自ら動くことを支援

ワクワクするまでとことんやって、考えるだけでなく行動する

ワクワクするまではとことんやる。そしてワクワクしたらそれを発信する。伝えるために行動することで、ワクワクは広がる

オーナーも入居者も「お客様」ではなく「パートナー」に

キーマンを巻き込み、お客様扱いするのではなく、一歩進んでパートナーに。立場を超えて一緒に考え行動することで距離感も近くなり、化学変化によりアイデアの幅も広がる

自分のためでなく、隣人や地域、社会のためになることを考える

自己の利益追求でなく、利他的で大きな幸せを追求するために動くと、運や周囲に応援してもらえ、結果的に成功する。一つの地域で成功したことは横展開して、日本を元気にすることを目指す