IT先進企業直撃レポート

Case 4

創業10年で新規事業続々、
8年目女子社員が立ち上げた企業主導型保育園

エヌアセット

「従来の賃貸管理業務にとどまらず新しい価値を生む新規事業に取り組みたい」「現場からアイデアを挙げてもらいたい」「アイデアをスピーディに具体化したい」。とかく守りに回りがちな賃貸管理業、これらは会社の規模を問わず共通した課題ではないでしょうか。創業10年で、社員数4倍、売上げと管理戸数を3倍にしながら、社員主導で保育園やシェアオフィスなど次々に新規事業を立ち上げているエヌアセット。研修委員会の塩見委員長自らが、MINAHAREでの日管協会員向けのナレッジ公開のため直撃取材して、2回に分けてその秘訣や工夫点をご紹介します。


インタビュー/日管協研修委員会委員長 塩見紀昭

取材・文/日管協研修委員会 長井純子

取材日時/2018年7月24日

エヌアセット本社は東急田園都市線溝の口駅から徒歩1分の好立地(ビルはあいにく工事中)

破綻処理から新会社立ち上げ。地域密着で生涯顧客サービスの実現を目指す

エヌアセット本社にて、塩見委員長の直接取材に恐縮気味な宮川恒雄社長にご挨拶
塩見
今年創業10周年とのこと、おめでとうございます。次々に新規事業を立ち上げていて、しかも社員からどんどん手があがるとか。ぜひその秘訣を教えて頂きMINAHREで会員に紹介させてもらいたいので、よろしくお願いします。
宮川社長
塩見社長からはいつも学ぶことばかりで、教えるなんてとんでもない。社内どこでも見て頂いて、質問にはなんでもお答えますので、よろしくお願いいたします。
塩見
では早速、気になることから短刀直入に。新店舗がエリアにできただけでなくタイやベトナムにも会社をつくりましたよね?大手ならいざ知らず、地場で地域密着と言いながら、なぜ海外なのでしょうか?さらに保育園など不動産業にとどまらないタウンマネジメントのような新しいことにどんどん取り組んでいて。この新しいことをやる原動力はいったいどこから来るのでしょうか?
宮川社長
新しいことに取り組むのには、3つ理由があります。エヌアセットを含めて、エヌアセットホールディングスのグループ会社が現在6社あり、グループで「生涯顧客サービス」を目指しています。学生時代に賃貸でお部屋を借りてくれたお客様が、結婚して住み替えるとき、マイホームを購入するとき、海外転勤になった時、どんな時もサポートできる会社でありたいな、と考えまして。一度出会ったお客様の生涯サポートを実現するためには、賃貸管理だけにとどまらない新たなサービスや会社が求められるというのがひとつです。
もうひとつは、正直、賃貸の仲介と管理だけで社員がワクワクするとは思えなくて。もちろん本業ですし大切ですが、それだけでない面白いこともやって社員にワクワクして欲しくてチャレンジしている面も有ります。海外や不動産以外の面白いことをやっているから、この会社で働きたいとか誇りに思ってもらえれば嬉しいです。
3つ目は、色々やらないと儲からなくなる、ということ。世の中には沢山の賃貸仲介や賃貸管理の会社があるし、IT化もどんどん進んでいるので、仲介と管理だけやっていては先細りだと思います。派生ビジネスを今のうちに多方面に広げておかないと、将来的に厳しいという危機感をもってチャレンジしています。
塩見
新しいサービス立ち上げにはもちろんリスクあるけれど、将来のためにリスクをとってチャレンジしているわけですね。宮川さんの親分肌のお人柄によるところも大きいのでしょうが、新しいことを始めるときに、次々社員自ら手が上がるというのも羨ましいな。なかなか今の時代、指示待ち人間が多いのに、これはどういうことだと思いますか。
宮川社長
人には恵まれていると思います。エヌアセットは私が会社員として勤めていた溝の口の不動産会社の子会社で、親会社がリーマンショックで破綻し、その子会社を入札で落札したのがスタートです。破綻処理ということで、ゼロというよりマイナスからのスタート、約2000戸あった管理戸数が破綻でどんどん減っていくのを食い止めるのが仕事でした。結果残ったのが約1100戸と約20名の社員で、いまも会社の中核となり一緒に働いています。
塩見
残ってくれた社員はもちろん、継続してくれたオーナーさんもありがたい。大きな財産ですね。
宮川社長
当初から会社は本社のこの場所にあって、オーナーさんもビル上階に住んでいて。本当にありがたくて、感謝の気持ちをこの地にお返ししたいと強く思いました。当初はマイナスを食い止めるのに必死でしたが、一年たって目途が経ってきたら街の価値を高めることにシフト開始しました。
この周辺、溝の口や高津区もどんどん人口も増え、開発も進んでいます。ある意味大きなチャンスですが、人が増えているからラッキーとは限りません。変化の多い土地柄だけに、同じことをしていては取り残されるという危機感をもっています。人口が増えたら、「ヤバイ、何か新しいことしなきゃ」と模索をするわけです。常に危機感を持っていたこともあり、自ら考えて動き工夫するのは、創業当時からの会社風土です。
賃貸事業部の責任者である山下直毅部長(右)も破綻からの立ち上げを経験した創業メンバーの一人
塩見
破綻という危機感が、自ら動いて新しいチャレンジを続ける風土の根本にあるわけですね。
宮川社長
ベトナム出店は海外事業があるということが社員の誇りになればいいなと思って、少々無理して計画を進めました。実際誰が現地に行くかという段階で、我が社は恒例で希望者を公募するのですが、応募がなければ自分がいくつもりでした。そうしたら、創業メンバーの一人が自ら手を挙げてくれて。海外を安心して任すことができ、人には恵まれたと感謝しています。
塩見
社員自ら手を挙げる風土があり、任せることでさらに会社としても次の案件にチャレンジ出来るわけですね。実に羨ましい。海外を含むエリア展開、相続支援、シェアハウス、シェアオフィス、投資や建築コンサル、どんどん新しい事業が立ち上がっているようですが、そのなかで象徴的なところを見せてもらえますか。
宮川社長
では、2018年4月に立ち上げたばかりの「こころワクワク保育園」にご案内しましょう。

女性が長く働きやすい職場環境に。若手女性社員2名発案の企業主導型保育園

高津駅徒歩2分、「こころワクワク保育園」に移動。隣はエヌアセット高津店
塩見
そもそも、なぜ賃貸管理会社が保育園を経営することになったのですか?
宮川社長
保育園は現在8年目の女性社員2名の提案から始まりました。会社としては社員からの新規事業の提案は大歓迎、やりたいことは応援するスタンスです。地域密着で地元を元気にしたいので、内閣府の新制度を利用した企業主導型保育園という形で実現したことも嬉しいですね。
塩見
保育園不足が問題になる中、駅に近い保育園は便利で地域の方々にも喜ばれたでしょうね。隣がエヌアセットの高津店、この立地には理由があるのですか?
宮川社長
高津に出店したのは、そもそもと地域密着戦略です。エヌアセットの3戦略プラス1、というものがあって、高津区に地域を絞って深堀りする「ドミナント戦略」、「街の価値向上戦略」、「商品サービスの多様化戦略」、これに基本である「既存事業のサービス向上」。なので、そもそも他の地域に出店するつもりがなく、高津区内で二店舗目にふさわしい場所を探していました。この場所でコインパーキングを運営していた地主さんから活用の相談があって、エリア内の2店舗目として立地条件も良かったので建築したビルの一階を店舗と保育園として自分たちが借りることにしたのです。
塩見
オーナーさんが、有効活用の相談をしてくれる関係も素晴らしいですね。有効活用セミナーをするなど、なにかオーナーさんへの工夫はしていますか?
山下部長
オーナーさんそれぞれのニーズを把握して、それに合わせて対応するようにしています。このオーナーさんは自営業でご商売が忙しいため、不動産は専門外で手が回らないから手伝って欲しいとオファー頂いていました。日頃の情報提供など小さな実績を積み重ね、信頼を頂いたことが有効活用の相談につながったのだと思います。
宮川社長
ベテランの山下部長が担当者だった、という信頼感も大いに関係あると思います。若い社員でこれができたかどうかは、正直わかりません。保育園事業の提案とこの有効活用の話が繋がり、ここでの開園になりました。保育園事業の提案者のひとりを紹介しますので、その背景や思いは直接聞いてください。
保育園の提案者、堀杏菜主任と名刺交換。机も小さい保育園内ではスーツ姿の大人たちが目立つ
塩見
堀さんの名刺の肩書は、「オーナー様相談室主任」なんですね。それがどうして、保育園の提案を?
堀主任
私は2011年入社の8年目、同期の女性は二人だけでした。部署が違い一緒に仕事をする機会がなかったこともあり、いつか二人で何か仕掛けたいと思っていて。二人ともこの会社で長く働き続けたかったので、女性が結婚しても子供ができても働きやすい職場環境を自分たちでつくろうと思い立ち、2017年の始めから検討開始。働くうえで、人生のどのタイミングで何がネックになるか考え、子供を産むときが一番不安定で大変だろうなと。当初は忙しい共働き夫婦のための家事支援ビジネスを検討しましたが、ちょうどタイミング良く新店舗オープンの話があり、事業所内保育事業があれば子供を預けて安心して働けると保育園に方向転換することになりました。
塩見
2017年に検討を始めて、2018年4月に保育園オープンとは超スピードですね。具体的な進め方は?
堀主任
同期と二人で朝の業務前や休み時間、休日などを使って検討を始めました。特に日時を決めるというより、二人で会うと自然にその話になり、アイデアを出し合い検討するのがとにかく楽しくて。ちょうど検討タイミングで新店舗オープンの話があり、その横に保育園のスペースがとれたことでとんとん拍子に話が具体化。運も味方してくれました。
撮影に照れる堀主任。2級建築士、二級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士、相続支援コンサルタントの資格を持つ勉強家。現在保育士の資格取得にチャレンジ中

社員が現場で自ら考えて動き、個人も会社も大きく成長

塩見
業務としてミッションを与えられたわけでもなく、自主的に業務外で活動していたのですね。そのパワーの源泉は何でしょうか?
堀主任
新卒で「経営幹部候補第一期生」として採用してもらったこともあり、いつかなにか面白いことを提案したいとチャンスを探していました。個人的にも好奇心旺盛ですし、人生働ける期間も限られているのでチャンスがあれば賃貸管理だけでなく様々なことを体験したいと思っています。
塩見
いまは保育園を運営しながら、担当しているオーナーさんも回っているのですか。
堀主任
はい、オーナー開拓の仕事もしながら、保育園の運営もやっています。新しいことが体験できて毎日刺激的で楽しいですが、初めて取り組む分野だけに難しいことも多いです。子供たちだけでなく、保育士さんや園長先生、保護者の方々、皆前向きな刺激を頂けるいい人ばかりなので、それに救われています。いまは子供のことは保育士さんにお任せしていますが、対等にお話しするためにも専門知識が必要だと思い、今は保育士資格取得の勉強もしています。
塩見
これも自主的に、というのが素晴らしい。保育園の立ち上げを経験してみて、新規事業成功の秘訣を教えて下さい。
堀主任
新しいことを始めるには、自らが邁進し続けられる信念と、たくさんのエネルギーが必要だと思います。それらを持って、かつ、誰かに喜んでもらえるために頑張ると、周りにも応援してもらいやすいと思います。私たち二人も自分たちのためというより、これからの女性社員が結婚しても子供を持っても長く働ける社会にしたいという使命感で動きました。私自身、実は子供は苦手で、同期に引きずられて保育園という提案になったくらいで(笑)。どうせ働くなら自分自身が成長したいし、他人のために役立っていると感じたい。強い使命感を持って、純粋な気持ちで動いたことが運を引き寄せたのかもしれません。
塩見
素晴らしい使命感ですね、感心するなぁ。今後やりたいことは?
堀主任
直近の目標は、2園目をつくることです。現在の保育園はスペースの関係で2歳までしか預かれず、すぐ卒園になってしまうのが淋しい。ゆとりのある保育室や給食室、園庭などが設けられる場所で小学校入学まで子供を預かることができる保育園をつくりたい、そして溝の口にも保育園をオープンさせたい。保育園だけでもやりたいことはたくさんあります。
現在の保育園には園庭がないため、園児たちはビル前の空き地で遊んでいる
宮川社長
ふたりは働く女性のためのサービスの検討を進めるため、従来の自分たちの業務をやりながら保育園事業について調べて、開業準備、内装やプラン、保育士さんの採用、園児の募集まで全部自分たちでやりました。本当に、たいしたものだと感心しましたよ。堀は元々前向きな頑張り屋だったけど、この保育園の立ち上げを通して、さらに大きく成長しました。頼もしいです。地域に対する貢献度も高いし、社員のいい見本にもなりますね。
塩見
さすがです。堀さんからみた宮川社長の魅力は何でしょうか?
堀主任
たとえ突拍子もない発言をしても、いきなり潰したりしないだろうな、という安心感があります。面白がって、バックアップしてくれるだろうと。仕事も会社も大好きだし、宮川社長も大好きです。
塩見
宮川社長、羨ましいなぁ。最後に、保育園事業は結局のところ儲かりますか?
宮川社長
園児を預かる保育料金の収入だけでは赤字です。内閣府の「企業主導型保育制度」を利用しているため補助金がはいりますので、それでトータル収益はプラスになります。
塩見
なるほど、地域貢献で喜ばれ、新しいチャレンジが社員の刺激になり、利益も産む。三方良しですね

新しいアイデアが生まれるための組織運営の工夫

塩見
ところで、その社長と社員との距離感の近さをつくるにはどうしているのでしょうか?
宮川社長
うーん、例えば「たまどう会」、要はたまに同期や同世代が集まる社長との食事会というのを定期開催しています。いくつかの年代別クループごとに役職や部署に関係なく、交流会みたいに勝手に社員が盛り上がっているのを、自分では聞いているだけですけど、皆楽しそうに話していますよ。
塩見
社長と直接話せる場づくり、いいですね。業務以外の横断の新規事業はどう生まれるのですか?
宮川社長
いま現在10位の新規事業やカイゼンのプロジェクトが同時並行で動いています。他社に比べても横断のプロジェクト数は多いのでしょうね。そういう部署を超えた横断的な動きが意見を言いやすい風土を創り出しているのかもしれません。アイデアを出せと言っても号令だけではそうそうアイデアは出てこないから、例えば「オーナーさんは農業の方が多いので、農業関連のイベントを」など役職会議でテーマを決めて募集したり、考えるだけでなく形にすることに特化したり。出た案を分類してそれぞれプロジェクトを走らせて、途中で発表会なども交えて進捗確認をしています。
塩見
先ほども話が出た、どんな案でも否定しない、とか結果が出なくても「なにしてるんだ」と怒らない、チャレンジしたときの失敗を許容するスタンスが会社にあるのでしょうね。
宮川社長
会社として新しいことを生み出すためには、担当者だけではダメです。経営者もリスクを取りますし、間に入る役職者など関わる全員が肯定する発言をしないと、次につながりません。そういう意味で、役職者たちが肯定的なスタンスでいてくれることも大きいと思います。
塩見
受け止めてもらえるという安心感が、自主的な動きを生むのですね。
宮川社長
この本社も、高知ハウスさんの不動産会社とは思えないお洒落な店舗を見学したことがきっかけで、このままではいけないと思ったメンバー主導で大改装しました。若い世代が多い街なので気軽に入りやすいゆるい感じの店舗にしようなどと、テーマ・ターゲット設定・コンセプトづくり・内装決めまで全て社員にお任せで、私は文字通り「うん」といって決済するだけでした。そういう意味では頼みしい限りです。
改装されたお洒落な本店で宮川社長と塩見委員長。取材協力ありがとうございました!
塩見
人材にも恵まれていますが、それを活かして伸ばす度量が新しいチャレンジを生むのですね。ではもうひとつの新規事業の事例であるシェアオフィスも見学させてください。
Case5に続く

まとめ:新規事業立ち上げの5ポイント

常に危機感を持って工夫をして現状にあぐらをかかず先手を打つ

好調不調どちらの時も、現状に満足すると時代に取り残される。常に危機感を忘れず、考え続けることが成長につながる

提案されたアイデアは否定せず、面白がって伸ばす風土づくり

アイデアを否定されると、新しい提案はしにくくなる。管理職を含め経営に関わる全員が突拍子もない提案でも面白がり、話を発展させられる風土に

通常業務を離れた横断プロジェクトで発言しやすい環境づくり

横断プロジェクトで通常業務を離れて部署、役職、年齢など関係なく動くことによって、遠慮なく発言し、自ら動きやすい環境に

新規事業に失敗はつきもの。失敗を責めず、リスクをとってチャレンジする

率先してリスクを取り、チャレンジを面白がり、失敗しても責めずにそこから学ぼう

新しいことへのチャレンジが個人を成長させ、会社の成長につながる

新規事業に取り組むことで、担当者個人はもちろん、周囲も刺激を受け、会社全体の成長につながる